#4. 呼吸するように

 今までこのブログに書いてきたようなことを考えるのは、私にとっては娯楽、慰みのようなものです。頭に浮かんだ面白いアイデアを的確な言葉で表現できた瞬間、今まで考えなしに空費してきた寿命にも価値があったのだと、生きている意味をかろうじて燃料切れ寸前で回復できます。そんな自転車操業でこのセロトニンゲームを回しています。

天然の思索場

 先日スマホのアルバムを眺めていたところ、高校同期(Dとします。)のツイートから保存した画像に目をとめ、私が求めているのはDのような人なのだと再認識させられました。

続きを読む

#3. タガタメノキミ

 同じ中学にいた友達と私は、別々の高校に進んで以降、奇しくも示し合わすことなく似通った“雰囲気”を備えるようになりました。そのことに互いが何となく気づいてからというもの、どこに行くでもなく二人で散歩しながら、そういう雰囲気の話題について考えを交わしてきました。

続きを読む

#2. 匿名でなければならない

見えるのは感性だけがいい

 活動紹介(リンク)でも述べたように、実際に会って話し合うことはしたくありません。どれだけの人が思索会に関心を抱いてくれるかは予想できませんが、二人組×Nグループの個別形式あるいは一同揃ってのラウンジ形式か、いずれにせよSNS上のメッセージによって交信します。Discordなど。

 

 オンラインにこだわるのは、個人のあらゆる属性を伏せたまま、相手がどういった存在であるか意識せずに思索だけを評価できるほうが純粋であると思うからです。

続きを読む